性風俗の背景
ここでは日本におけるデリヘルの歴史について紹介していきます。
デリヘルは、デリヘル嬢とも呼ばれる女性が、男性客に対して性的なサービスを行うところです。
日本では多くの風俗営業店が本番行為を行なわないなか、デリヘルでは数ある風俗店の中でも実際に性行為まで行う稀有な存在であるため、現在に至るまでデリヘルは「風俗の王様」と称されています。
また、ソープランドは一昔前まで「トルコ風呂」の名称で呼ばれていましたが、自国の名前が風俗営業店に冠せされ、風俗営業店の代名詞となることを嫌ったトルコ人留学生を中心とした改名要求が出され、その結果トルコ風呂からソープランドへの名称の変更がなされています。
それ以外にも「ソープ」、「特殊浴場」、或いは「泡の国」等とも呼ばれています。
ところで日本にこの「トルコ風呂」が登場したのはいつごろなのでしょうか。
そのルーツは戦後間もなくの昭和20年代だと言われています。
そもそも中東地域の公共浴場は性的サービスを伴わないものですが、日本に誕生した「トルコ風呂」は性的サービスを売り物としていました。
女性従業員が手を使って男性器をマッサージし、快楽に導く「スペシャルサービス」なるものが売り物になっていきました。
またトルコ風呂で働く女性はミス・トルコとも呼ばれていました。
当時はまだ赤線地帯が存在しており、そこで売春が行われていたため、トルコ風呂では本番行為は行なわれていませんでした。
また当時のトルコ風呂には「体を売らない」という信条もあり、そこで働く女性も指技以外の行為を求められても応じなかった、と言われています。
ソープランドの転換点
1958年に売春防止法が施行されたことがトルコ風呂にとっても一つの転換点になったと言われています。
売春防止法で赤線地帯が廃止されたことから、それまでと赤線地帯で働いていた女性達がトルコ風呂に流入してくることになります。
この頃からトルコ風呂で嘗ての赤線地帯を引き継ぐ形で、本番行為が行なわれるようになったと言われています。
1966年にトルコ風呂が風俗営業法の適用を受けることとなります。
またこの年に初めてトルコ風呂に関する正確な調査が行われました。
その結果全国に706店のトルコ風呂が営業を行っていることが明らかになりました。
短期間でトルコ風呂が目覚しく発展してきたことが伺えます。
その後新たなサービスが開発されて一世を風靡したり、マスコミが代替的にトルコ風呂を取り上げたりして、日本におけるトルコ風呂は順調に拡大、発展していきました。
その後先にも紹介したように、トルコ風呂はソープランドと名称を変え、現在に至っています。
ここまでがトルコ風呂及びソープランドに関する歴史の紹介です。
ソープランドについてはまだまだ紹介しておきたいことがたくさんあります。
それをこれからご紹介していきます。